トップページ
クラブの指針
運営メンバー
登録メンバー一覧
メールマガジン
メーリングリスト
交流会セミナー情報
SOHO'コラム
ご意見・ご質問
アクセスマップ
リンク


広島SOHO’クラブ問い合わせ


広島SOHO'クラブメールマガジン
出逢いってすばらしい

2010/06/16 第223号


■役割

夫の母が他界した。
子や孫や兄弟が見守る中、痛がったり必要以上に苦しむこともなく、安らかに逝去したのは、せめてもの慰めだった。
葬儀社の車が迎えに来るまでの間、長年お世話になった特養の職員の皆さんが、義母の眠るベッドまで挨拶に来てくださり、
「『これ、息子の嫁なんよ』と、新聞記事を見せてくれたものです」と、思い出を語ってくれた。

20年ほど前、くも膜下出血で倒れて生死をさまよったが、手術を受け無事回復。その8年後には脳梗塞で倒れ、術後はリハビリに励んだが、頑張りすぎて転倒し大腿骨を骨折。以来、車椅子の生活となり、ここ特別養護老人ホームでお世話になることとなった。

選択肢は、他にもあった。
「なんで家で看んのんか」と、親戚たちには言われた。
仕事を辞めて自宅で看ようか、と、夫に話したこともある。
しかし結局、特養のお世話になることを決めた。
あれからもう、10年・・・。

慌しく葬儀の準備に追われる中、葬祭会館の控え室でやっと一息し、義母に手を合わせた瞬間、これまでの思いが溢れ、涙がとまらなかった。
特養に初めて連れて行った日、一緒に施設内を見学して周った時の、義母の無邪気な顔・・
面会に行くと「ありがとう」と言ってくれたあの笑顔・・
言いたいことはきっとあったはずなのに、愚痴一つこぼさず、そこでの生活に楽しみを見出してくれていた義母。

おかげで、わたしは精一杯、仕事に専念できた。
この10年間、たくさんのことが出来た。
その陰には、義母がいる。
理解ある義母であったおかげで、今がある。
それに気づかされ、義母への思いで胸がいっぱいになった。


【gorap語録】人は、知らずしらずに、支えられている。

←INDEX
 
2010/07/07 第224号


■目標

東京出張の折「nakata.net cafe」(7/19まで期間限定)へ立ち寄った。
現役引退後に世界を旅し、
「わたしたち自身のために、そして地球の未来のために、
自分の『なにかできること、ひとつ。』から始めよう」と、
誰にでも参加できそうな、身近なイベントを次々とカタチにしている中田英寿氏(以下、ヒデ)の活動は、SO@Rの目指す姿とも重なり、気になっていた。

現在は、全国を旅し、日本の良さを伝える活動も始めたヒデ。
カフェには、中田英寿絶賛カレーや讃岐うどん、やんばる島豚など、ヒデが全国を回り見つけたレアなメニューが、ずらり。
まだ数は少ないが、各地の伝統技術を生かした「nakata.net cafe」オリジナル商品もあり、その展示コーナーに、広島県呉市の川尻筆(=「中田英寿」の名入り)を見っけ!
嬉しくて、思わずスタッフに許可を頂き、写真を撮った。

間伐材で作ったコースターやUSBメモリー、和紙で作ったメモ帳など、将来は、発展途上国とも連携した商品開発を目指している、SO@Rのモノづくりプロジェクトの参考にと、つい、アレコレ購入。
帰広し、仲間たちとぜひ広島にヒデを呼ぼうー! と盛り上がった。

そして先日、起業家たちとのトークセッションの折、その場のノリで、「2年以内に、中田英寿氏を広島に呼びます!」と公言し(てしまっ)た。
(その場の思いつきだが) 実は、たくさんの人の前で宣言することで、意識的に自分へのプレッシャーをかけたのだ。
言ったからには、後には引けない。(笑)
しかし不思議なことに、思っていたら、必要な人にどんどん繋がっていく。
目標の中にまた一つ、新たな楽しみが加わった。


【gorap語録】単に「やりたいから」が、始まり。

←INDEX
 
2010/07/21 第225号


■再会

SOHOのための共同オフィスを、たった30坪からスタートして、今月おかげさまで、丸9年を迎えた。
古いビルのワンフロアに、10名の入居メンバーが集まり、床を磨き、中古の家具や備品を運んだ9年前のあの日・・。
汗だくになりながらも、何かが始まる時のワクワク感や、活気、期待、新鮮な気持ち、いろんなものがそこにはみなぎっていて、皆の表情がとても眩しかったのを、今も鮮明に覚えている。

9年を経、数十人の会社に成長している人や、東京で活躍している人、今でもしょっちゅう逢って一緒に飲んだり、仕事をコラボする仲間等さまざまだが、疎遠になっていた一人と、先日、4年ぶりに再会した。

実は彼は、4年前に大きな事故に遭い、以前のようには仕事の出来ない状況にある。
「面会が出来るようになった」と聞いたのは、事故後1年も経った頃だったろうか。彼のパートナーから、事故直後からの様子をずっと聴いていたので、逢える状態になったら手渡そうと思い、折り始めた鶴だったが、その後、なかなか機会をつくれず、色褪せてしまった。

週に一日は会社に出られるようになった、という状況を聞いてからは1年も経つだろうか・・・。
逢いには行きたい。しかし逢えばきっと泣いてしまうのが正直怖くて、なかなか行けないでいた。
一目逢った瞬間、きっと号泣してしまう。そんな姿を見せることが、彼に何か悪い影響を与えてしまうんじゃないか etc 。
あれこれ考えつつ、ずっとずっと気になっていた。

それをこのたび、仕事に絡めて、ようやっと逢う機会をつくった。

ドアを開けた瞬間、車椅子に座った後ろ姿が目に入った。

そして振り向いた彼の表情は、わたしの想像を(良い意味で)裏切り、以前と変わらぬ、明るく優しい、人なつっこい笑顔だった!
凄い! すごい!!!!!
嬉しくてうれしくて、嬉しさと懐かしさとが入り混じった満面の笑顔で、彼と話ができた。
とても不思議な感覚だった。
彼がここまで回復したということが、ただ、ただ、嬉しかった。
彼の笑顔が、9年前と同じように眩しかったのが、ただ嬉しかった。


【gorap語録】ここに居る。ただその幸せに、感謝する。

←INDEX
 
2010/08/04 第226号


■夏の思い出

仕事へ向かう道。蝉があんまりうるさく鳴くので、ふと見上げると、金網に、蝉の抜け殻が2つ。
そうか、世間は夏休みなんだっけ。
懐かしい思い出がよみがえった・・・

小4の夏、一人一研究テーマは悩んだ末「昆虫採集」に決定。女の子には珍しい選択だったが、やり始めると面白くなって、毎日のように虫取り網を手に山へ行き、蝶やトンボを追いかけた。

綺麗な姿で標本にするには、蝶は羽を開いて虫ピンで固定し数日置く。
トンボは色が変わらないよう内臓をキレイに取り出し、同様に。
すごいでしょー♪と友だちに見せるが、たいていは「気持ち悪い〜」と言われるので、不思議だった。

蝶であろうが蛾であろうが、庭に入ってきた虫を見たら、食事中でも網を掴んですっ飛んで行くワタシを見て、近所のオバちゃんたちも、虫を見つけると必ずワタシに教えてくれるほどになった。

そうして集めた昆虫は、大きめの菓子箱のふたをくり抜き透明のセロハンを張った手作りのケースに綺麗に並べ、二学期には大きな風呂敷に包んで自慢気に学校に持って行った。

そんなある日、父に連れて行ってもらった科学センターで、小学生の昆虫採集の標本が市販の立派なケースに幾つも並んでいるのを見て、
「わぁー、かっこいい〜!!!」
と、その "ケース" を、ため息交じりに眺めた。

高価なケースは、無論、買ってもらえるはずもないと、子どもながらに知っていた。
手製のケースに引けを感じることもなく、翌年も、そして翌々年の夏も虫取りを続けるワタシに、ある日、父からプレゼントが・・・。

開けてみると、標本ケースが2箱。
( 既に2箱では入れきれないほど、たくさんの標本を集めていたが )
嬉しくてうれしくて、飛びあがって喜んだ。

懐かしいそんな記憶を、蝉の抜け殻が、思い出させてくれた。


【gorap語録】たまには、空を、見上げてみよう。

←INDEX
 
2010/08/18 第227号


■もう一人の自分

独立して2年くらい経った頃だろうか。
当時アラフォーのわたしは、プランナーとしての経験を程よく積み、いわゆるアブラののった(?)真っ只中。
昨日は4時間、今日は3時間しか寝ずに企画書を仕上げたなんてことがカッコいいと思い込み、昼夜を構わず仕事する。
仲間から「男前のオンナ」なんて言われて、今思えば少し調子に乗っていた時期である。

ある日、長年お世話になっているクライアントのオフィスで、副社長と役員に、大声でガンガンと説教してしまった。
「そんな計画はあり得ませんよっ!!! 」
「それで利益が上がると思ってるんですか!!?」etc
相手の立場が上だからこそ正義感が働き、強い口調になってしまった。
彼らの会社のことを思う余り、熱くなりすぎつい言い過ぎたのだ・・。
自分の意見は正論だし非は無い、少しも悪いと思わなかった。
むしろ、必要なアドバイスをした自分を「できる人」と思い込んで、
のぼせていた。

そんなわたしに、数週間後、同社の社長がこう告げた。
「副社長は、もう貴方と仕事をしたくないと言っています」

一瞬に目が覚めた。
何を思い上がっていたのだろう・・・。

うつむいて一言も言い返さず、ただ、黙ってワタシの話を聴いていた副社長と役員さん。
いたたまれない表情でその場に居た社員さんたち。
あの時、皆がどう感じていたのか。
自信過剰に上から目線で、鼻高々に言い放った自分の姿を思い出したら、顔から火が吹き出しそうだった。

あの時、もう一人の自分が、ちゃんと自分を見ていれば・・
そこにもう一人、客観的な自分が居合わせていれば・・・
伝え方はもっとあったはずなのだ。


【gorap語録】3人で話す。そこに2人しか居なくても。

←INDEX
←メルマガ218号-222号 メルマガ228号-232号→
 
   
 
Back Top Mail
(C)Copyright 2002-2015,HIROSHIMA SOHO'CLUB. All rights reserved.